6.三つの落とし穴と注意点――計画を停滞させないためのチェックポイント
既存建物の増改築を実現するには?
現況調査・既存不適格・緩和措置の実務ポイントを解説!
2026年4月21日更新
事務所ビル、工場、商業施設、福祉施設など、法人が所有・運用する建物の増改築を検討したとき、こんな壁にぶつかった経験はないでしょうか。
「検査済証が見当たらない」「竣工図の一部しか残っていない」「現行の耐震基準に合っていない部分があると指摘された」
・・・こうした状況を前に、「このままでは確認申請が通らないのではないか」「増改築はあきらめるしかないのか」と感じてしまうケースは少なくありません。
しかし、正しい手順を踏めば、書類が不完全であっても、現行基準に適合していない部分があっても、増改築を合法的に実現できる道があります。その道を切り開く鍵となるのが、「現況調査」と「既存不適格への緩和措置」です。
本コラムでは、既存建物の増改築を進める際の手続きの全体像と、特に「建築基準法の規定を確認するための必要書類がない場合にどう対処するか」という実務的な判断ポイントを、建物管理のご担当者様向けに解説します。
目次
1.なぜ今、既存建物の増改築が注目されているのか
近年、既存建物を活用した増改築への関心が高まっています。
その背景には、いくつかの社会的・制度的な変化があります。
① コストと環境の両面から「建て替えより改修」へ
建て替えには、解体費用・新築コスト・工期中の建物利用停止リスクなど、多くの負担が伴います。一方、既存建物を活かした増改築であれば、これらのコストを大幅に抑えることができます。加えて、建設に伴う温室効果ガス排出量の削減という環境面でも、既存ストックを可能な限り活用する方向性が社会的に支持されています。事業用建物を所有する法人にとって、増改築は現実的な選択肢としてますます重要性を増しています。
② 令和7年4月施行の建築基準法改正:確認申請の対象範囲が拡大
令和7年4月の建築基準法改正により、建築確認申請が必要となる工事の範囲が変わりました。従来は確認申請の対象外とされていた規模・種別の改修工事が新たに対象に加わっています。これにより、設計事務所が既存建物の改修案件を受ける際に必要な知識・手続きは、以前に比べて複雑さを増しています。法改正への対応は、今後の既存建物案件において避けられないテーマです。
③ 書類不備でストップするケースの増加
増改築の計画が進んだ段階で、検査済証や竣工図が手元にないことが判明し、確認申請の準備が止まってしまうケースが実務上で増えています。特に昭和・平成初期に建てられた建物では、必要な図面や書類を紛失するケースがあり、適法性を証明する手段が乏しいまま計画が宙に浮いてしまう状況も起こりえます。こうした実態を踏まえ、国土交通省は令和6年12月に「既存建築物の現況調査ガイドライン」を公表し、書類が不完全な建物でも段階的な調査によって現行法への適合状況を評価できる仕組みを整備しました。
2.まず知っておくべき「既存不適格」という概念
既存建物の増改築を理解する上で、まず押さえておくべき概念が「既存不適格」です。
■ 既存不適格とは?
「既存不適格」とは、建物が建設された当時は建築基準法令に適合していたものの、その後の法改正や都市計画の変更等によって、現行の基準に適合しなくなった状態を指します。たとえば、建設当時は要求されていなかった耐震基準が法改正で強化され、既存の構造が現行の耐震基準を満たさなくなるケースが代表例です。重要なのは、既存不適格は 「違反建築ではない」という点です。建設当初から法に違反していた「違反建築物」とは明確に区別されており、既存不適格建築物の所有者に対して、直ちに現行基準への是正が求められるわけではありません。
■ 検査済証がない ≠ 違反建築
「検査済証がない」という状況は、「違反建築(実態違反)である」ことを意味しません。検査済証は工事完了後の検査を経て交付される書類ですが、書類の紛失・所在不明といった理由で手元にないケースは珍しくありません。検査済証を紛失したり所在不明であったりすること自体は、その建物が違法であることの根拠にはならず、増改築ができないことを直接意味するものでもありません。ただし、完了検査を受けていないことで検査済証が無い場合は、「手続き違反」となります。
■ 緩和措置により、全面改修は必須ではない
現行基準に適合していない部分(既存不適格)があっても、建築基準法第86条の7に基づく緩和措置を活用することで、その部分への現行規定の適用を除外・緩和した上で増改築を進められる制度があります。国土交通省はこの緩和措置の適用手続きと判断基準を整理したガイドラインを整備しており、適切な現況調査と手続きを踏むことで、既存不適格建築物でも現実的な増改築の道が開けます。「既存不適格だから建て替えるしかない」という判断は、制度の正確な理解に基づいていない場合があります。まずは現況調査によって既存不適格の範囲を特定し、緩和措置の活用可能性を評価することが、計画の第一歩です。
3.増改築を進める3つのステップ
既存ストック活用を実現させるには、計画の内容に応じた正確な手順を踏む必要があります。
以下、3つのステップに整理して解説します。
STEP1:計画の種別確認と建築確認の要否判断
まず、進めようとしている計画が建築基準法上のどの行為に該当するかを確認します。「増築」「改築」「大規模の修繕」「大規模の模様替」はそれぞれ法律上の別概念であり、該当する種別によって建築確認申請の要否や手続きの内容が異なります。 なお、令和7年4月に施行された建築基準法改正により、従来は建築確認の対象外だった行為が新たに対象に加わっています。従来の感覚で「確認不要」と判断していた改修工事でも、確認が必要になっているケースがあります。計画着手前に必ず現行制度を確認することが重要です。

STEP2:既存建物の現況調査
次に、既存建物が現行の建築基準法令の規定にどの程度適合しているかを調査します。これが「現況調査」です。国土交通省が令和6年12月に公表した「既存建築物の現況調査ガイドライン」に基づき、建築士が実施します。
調査は大きく2段階に分かれます。まず「調査1」として検査済証の交付の有無と建築等の着手時期を確認(書類調査)し、その結果に応じて「調査2」(現地調査)の方法が決まります。

STEP3:緩和措置の適用と確認申請
現況調査の結果、現行法への不適合が「既存不適格」と確認された部分については、建築基準法第86条の7に基づく緩和措置を適用して設計を進めることができます。調査報告書は確認申請図書(既存不適格調書)として活用します。
一方、既存不適格ではなく「その他の不適合」とされた部分や「不明」のまま調査が完了した部分については、原則として現行の規定に適合させる必要があります。

4.書類が見つからない時に必要な現況調査とは?
増改築を前に進める上で最初の関門となるのが「現況調査」です。
既存建物に関する書類が見当たらない場合でも、段階を踏んで調査することで道が開けます。
調査1:検査済証と建築着手時期の確認
最初に行うのは、対象建物に関する直近の「検査済証」の有無の確認(調査1-①)です。検査済証は工事完了後に交付される書類で、適法に完了検査を受けたことを示します。建物所有者が手元に持っていない場合でも、特定行政庁(都道府県・市区町村の建築指導担当)に対して「台帳記載事項証明書」の発行を求めることで交付の有無を確認できます。
検査済証の交付が確認できない場合は、続けて「直近の建築等工事の着手時期」を調査します(調査1-②)。確認申請書の副本、工事請負契約書、登記事項証明書、固定資産税の課税明細書なども着手時期を示す資料として活用できます。

調査2:現地調査(調査1の結果に応じて3通り)
調査1の結果に応じ、現地での法適合状況確認(調査2)の方法が次の3通りに分岐します。
ルート①:検査済証ありの場合(調査2-①)
建物が当時の基準に適合していたことを前提に、その後の法改正により新たに不適合となった規定(既存不適格の可能性がある規定)を対象に、限定的な現地調査を実施します。既存不適格と確認された規定については緩和措置の適用が可能です。
ルート②:検査済証なし+着手時期が特定できる場合(調査2-②)
すべての規定について現地調査を実施します。調査の結果、現行規定への不適合が判明した規定のうち、着手時点の規定には適合していたことが確認できるものは「既存不適格」として扱われ、緩和措置の適用が可能となります。検査済証がない場合でも、着手時期さえ特定できれば緩和措置へのルートが開けることがポイントです。
ルート③:検査済証なし+着手時期が特定できない場合(調査2-③)
すべての規定についての現地調査を実施しますが、着手時点の基準が確認できないため、現地調査で判明した不適合はすべて「不適合(その他)」として扱われます。原則として、計画建築物全体を現行の建築基準法令の規定に適合させることが必要となります。
これら3ルートの調査結果をまとめた「現況調査報告書」が、その後の確認申請図書として機能します。

5.既存建物の増改築で得られるメリット
ここまでの手順を踏まえると、「建設当初からの図面等の書類がない」「現行基準に適合していない部分がある」という状況は、必ずしも計画の断念を意味しないことがわかります。適切な手続きを踏むことで、建物利用の価値が広がります。
メリット①:「書類がない=増改築不可」からの解放
検査済証が見当たらない、竣工図の一部しか残っていないという状況は珍しくありません。
しかし、現況調査ガイドラインに基づく正確な調査を行えば、書類の不備があっても増改築の実現可能性を法的に担保した形で評価できます。
メリット②:緩和措置の活用でコストを抑えた合法的な増改築
既存不適格と確認された部分については、法第86条の7に基づく緩和措置を活用することで、現行基準への全面適合を求められることなく増改築を進められます。
メリット③:「建物の履歴書」が整備され、資産価値が明確になる
現況調査報告書は、将来の売却・融資・さらなる改修の際に、法令遵守状況を客観的に示すエビデンスとなります。
メリット④:確認申請がスムーズになり、計画遅延リスクを最小化できる
ガイドラインに準拠した調査報告書は、建築確認申請における既存不適格調書としてそのまま活用できます。
審査機関に対して論理的に説明できるため、差し戻しや着工直前のトラブルを回避できます。
現況調査の手間を惜しまず、適切な手続きを踏むことは単なるコストではありません。クライアントのプロジェクトを確実に完遂させ、設計事務所としての信頼と実績を守るための、戦略的な投資です。
特にRC造・S造の非住宅建築物では、調査によって得られる情報が設計とコストに直結するため、まずは「今の状態を正確に知る」ことが出発点となります。
6.三つの落とし穴と注意点――計画を停滞させないためのチェックポイント
既存建物の増改築は、新築よりも不確定要素が多く、法的な判断が複雑です。陥りやすい「3つの落とし穴」や、最新の法運用に基づく注意点を解説します。
落とし穴①:現況調査を省略・簡略化し、審査がストップする
最も多い失敗は、コストや時間をかけず現況調査を不十分なまま確認申請に出してしまうケースです。
⚠️リスク
調査の結果、適合状況が「不明」のまま残った規定については、原則として現行法への適合が求められます。現行基準への全面改修が必要になったり、設計のやり直しで計画が大幅に遅延したりするリスクがあります。
✅対策
隠蔽部についても各階1箇所以上の調査を行うなど、ガイドラインに沿った精度の高い調査を行い、根拠を明確にすることが、結果的にプロジェクトの最短ルートとなります。
落とし穴②:令和7年4月の建築基準法改正の把握不足
令和7年4月の建築基準法改正により、建築確認に関わる制度等が変わりました。中大規模建物は法改正前から大規模の修繕・模様替でも建築確認が必要でしたが、今回の改正で旧4号特例が廃止されたことで、増築・改築時の審査・検査の対象が拡大されています。
⚠️リスク
旧来の感覚で「この規模・種別ならこの手続きで通る」と判断すると、改正後の制度と齟齬が生じる可能性があります。
✅対策
計画段階で、今回の工事が「大規模の修繕・模様替」に 該当するかどうかを専門家に確認し、必要となる現況調査を早めに 手配することが重要です。また、令和7年3月26日付 国住指第517号 (技術的助言)では「著しい劣化がなければ既存不適格として扱える」 という特例が示されていますが、この適用は法第20条(小規模建築物 の基礎の構造方法に係る部分のみ)と法第37条の規定に限定されます。 中大規模建物では適用外となる場合があるため、 誤解のないよう注意が必要です。
落とし穴③:「既存不適格」と「違反建築」の混同による断念
「現行基準に適合していない部分がある」「検査済証がない」と聞いて、「違反建築だから手を付けられない」と判断し、増改築計画を断念してしまうケースがあります。
⚠️リスク
既存不適格は違反建築ではありません。建設当時は適法であったものが、その後の法改正によって現行基準に適合しなくなった状態が「既存不適格」であり、直ちに特定行政庁による是正が求められるものではありません。これを違反と混同することは、大きな機会損失です。
✅対策
まずは正確な現況調査によって「既存不適格の範囲」を特定することが、判断の第一歩です。緩和措置を活用すれば、既存不適格の部分を含む建物でも合法的に増改築を進める道があります。
7.まとめ:正確な現況調査が、既存建物増改築の「道筋」をつくる
既存建物の増改築計画において、「建設当初からの図面等の書類がない」「現行基準に合っていない部分がある」という状況が計画の前進を妨げるように見えることは少なくありません。
しかし、本コラムで解説してきたとおり、それは必ずしも「計画の断念」を意味しません。
まとめ
✅「既存不適格」と「違反建築」は別概念
建設当時は適法だったものの、その後の法改正で現行基準に合わなくなった状態が「既存不適格」です。即座の是正義務はなく、適切な手続きを踏むことで合法的に増改築を進められます。
✅正確な現況調査が計画のカギ
国土交通省の現況調査ガイドラインに基づき、検査済証の有無と建築着手時期を確認し(調査1)、その結果に応じた現地調査(調査2)を実施します。検査済証がない建物でも、着手時期が特定できれば緩和措置を活用できるルートがあります。
✅緩和措置の活用でコストを抑えた合法的な工事が可能
法第86条の7に基づく緩和措置を活用することで、既存不適格の部分について現行基準への全面適合を求められることなく増改築を進められます。
✅令和7年4月の建築基準法改正への対応が必須
改正によって建築確認に関わる制度が変わっています。計画着手前に現行制度を必ず確認することが不可欠です。
既存建物の増改築に関する手続きは複雑で、判断に専門知識が求められます。「どこから手をつければよいか」「現況調査はどの段階で必要か」「緩和措置は適用できるか」という疑問がある場合は、早めに専門家に相談することが、計画全体のスムーズな進行につながります。
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